スパークガール:レヴァナントボーイ


「あのさ……今村くん……。わたし、好きなんだよね…………」
 小夜ちゃんが言った。ぼくは現実をすぐには受け止められなかった……いや顔が熱くてめまいがしてそれどころじゃない。小夜ちゃんに『話がある』って言われた瞬間からなんだか覚悟はしていたよ……でもいざとなると恥ずかしくてダメだ。
「だから、あのね……、良かったらお付き合いしてほしいなぁ、なんて……」
 照れ隠しなのか小夜ちゃんは下を向いて自分の長い爪をいじっていた。ぼくは人形のように何も言えなかった。頭が回らない。どうしてぼくってこういう時にしっかりできないんだろ。
 いや違う。何よりも気になることとして小夜ちゃんの後ろに変なオジサンが立ってるんですけど……
「あのさ……ちょっとその前に……」
「あっ……ゴメン! やっぱり彼女さんとか」
「ち、違うんだ」
 ぼくは小夜ちゃんの言葉を遮った。
「あれ、誰?」
 小夜ちゃんの背後のオジサンを指差す。知り合いじゃなかったらとんだ変態じゃあないか。青春まっただ中の高校生の男女が今まさに愛の告白を交しているところを盗み聞きしているとは。
「誰って?」
 小夜ちゃんはぼくが指差した方向へ振り返りオジサンを見た。
 ──でも、彼女には見えていなかった。
 彼女の眼が節穴とかいうんじゃない。早く気付けばよかったんだ。ぼくはこんな時になんてことをしたんだ。バカやろう。
「いやっ! 違う! 何でもないよ!」
 ぼくは必死に首を振った。もうダメだ……。
 小夜ちゃんは戸惑った表情をしていたけどすぐにまた恥ずかしそうにうつむいてつぶやいた。
「それで……あの……お返事とかっていうのは……」
 ぼくは体全体に響くほど大きく鳴っている心臓の鼓動をなんとかして抑えようとしながら口を開く。
「う、うん……すごく嬉しいよ……。ぼくも……小夜ちゃんのこと好きだったし……」
 小夜ちゃんが顔をぱっと上げた。普段は白い肌が真っ赤に紅潮している。
「……ほんと?」
 ぼくは頷いた。でも内心気が気じゃなかった。せっかく恋人ができるチャンスを自らぶち壊すことになるなんて。所詮ぼくはこういう運命なのか。これは神が与えた試練なのか。
「…………でも、付き合うとかそういう前に言っておかなきゃいけないことがあってさ……」
 小夜ちゃんは黙ってぼくの話を聞いていた。胸が痛む。
「ぼく、幽霊が見えるんだ」


 しばらく沈黙が流れた。だけど小夜ちゃんは突然のカミングアウトに驚いているというより、もしかして納得しているのかもしれない。
 クラスでもぼくは変わり者扱いだ。時々虚空に話しかけたりしている男は他人の目から見てそれはそれは奇妙に映るだろう。ぼくの目には絶えず幽霊が見える。普通の人と幽霊との区別がつかないから、さっきみたいにとんでもない発言をしたりする。
「あのさ、ぼくってけっこう変わり者って言われてるだろ? ……このせいなんだよ。すごく嬉しいし、ぼくも小夜ちゃんが好きだけど、こんなやつと付き合ったりしたら笑われるかも」
「ううん!」
 小夜ちゃんは必死に否定した。
「わたし、そんなの気にしないよ! 今村くんがさ……好きだからさ……、そんなの、ぜんぜん……」
 半ばぼくに懇願しているような口調だった。これは彼女は本当に、ぼくのことが好きってことなんだろうか……。
 夢のような話だ。ぼくは自分の吐く息が震えているのに気がついた。この瞬間ならば緊張で死ねる気がする。
「……ありがとう。…………じゃあ……よろしくお願いします」
 そう言ってぼくは小夜ちゃんの手を握った。
 全身に衝撃が走った。
 反射でぼくは手を引いた。目から星が出るほどの痛みだ。小夜ちゃんに触れた右手がじんじんと痺れている。ぼくは一瞬自体が飲み込めなかった。
「ゴ、ゴメンなさい! 大丈夫? あのっ……わたし…………帯電体質なんです」
「た、帯電体質?」
 小夜ちゃんはとてつもなく困った顔で言った。
「すぐ静電気とかたまっちゃって、こんな風に……。ゴメンね?」
 そしてまたうつむいた。少し泣きそうにさえなっている。ぼくはかすかに痙攣する腕をかばった。
「い、いや……、ぜんぜん気にする事じゃないよ! めずらしいけどね」
 ぼくは言った。小夜ちゃんがかすかに笑った。
 そして彼女の背後にいるオジサンがぼくをにらみつけた。
「…………うん。でも、こんな女の子ってやっぱりイヤだよね……」
 帯電体質が彼女に不幸をもたらした事はきっと少なくないのだろう。諦めの感情がうかがえた。
 ぼくが必死に弁解しようとしたところ、彼女は顔をあげてぼくに言った。
「…………ゴメン。今言ったこと忘れてくれる……? やっぱり……わたしじゃ合わないかなと思ってさ……」
 なんて勝手なことを。告白されたりなんかしたら好きになるに決まってるじゃないか。かわいそうに、今までこれが原因で男の子にフられたりしたんだろうか。
「じゃあ……部活あるから…………」
 彼女は足早に去っていった。トランペットの音が鳴り響く音楽室に消えていく。ぼくはまたしても何も言えなかった。
 幽霊のオジサンとぼくだけがその場に残った。
 あれ、オジサンは結局なんなんだ。


「あの……あなた、どちら様ですか……?」
 ぼくはオジサンに声をかけてみた。
 オジサンはぼくの方を向いた。
「小夜のじいさんだよ」
 機嫌が悪そうにつぶやいた。これは小夜ちゃんの守護霊なんだろうか。毎度ながら他の人がこの光景を見たら不審がるんだろうなぁ。廊下で空中に話しかけるなんて。
「あ、小夜ちゃんのおじいさんで……」
「小夜も根性がないとは思わねえか」
「は?」
 おじいさんはそう言ってぼくの顔を見た。
「帯電体質だのなんだののせいにしてよ、今時の高校生が意志が薄弱なんだよな」
 ぼくは適当にうなづいた。なんだかめんどくさそうな人だ。
「あの子の体質はオレがそうさせてんだ」
 ぼくは驚愕した。
「ど、どうしてそんなことするんですか!」
「あの子は子供のころは本当にそういう体質だったのよ。でもしばらく経ってその体質が治っても根性無しは治らんくてな」
「だからってなんでわざわざあの子を帯電体質なんかにするんですか! 屈折してますよ」
 ぼくは思わず声を上げた。おじいさんは厳しい口調で反論する。
「あの子はな、ああいう障害を乗り越えなきゃ強くならんのよ。あんたみたいなやつに勇気を出してあと一歩ってとこまでいったのに」
「でも、小夜ちゃんは帯電体質のせいでいろいろ苦労してるんじゃ……」
「だからな」
 おじいさんはゆっくりとぼくに言った。
「あんたみたいなやつに大事にしてほしいのよって。あんたもオレとかが見えるせいで色々損してるだろ。苦労したことないやつにそういう気持ちはわからないんだ」
 ぼくは気付けばじっとおじいさんの話を聞いていた。
「なあ……お前も男だろうが、小夜が気に入ったなら堂々と言えよ」
 おじいさんの言葉でぼくはふと気付いた。
 ぼくももしかしてほんの少しこの霊視能力に甘えている現実があったんじゃないのか。なぜ小夜ちゃんのことが好きなのに、あのまま行かせてしまったんだろう。
 ぼくは走り出した。


 音楽室の扉を開けて中へ飛び込んだ。
 吹奏楽部の生徒たちがぼくを一斉に見る。ぼくははっきりとした口調で言った。
「川村小夜さん、お借りできますか」
 小夜ちゃんが立ち上がる。恥ずかしそうに戸惑いながらこっちへやってきた。周りの女の子たちがひそひそ話をし始める。
 ぼくは小夜ちゃんを連れて廊下まで出た。
「小夜ちゃん、ぼくさ……ぼくもさ、小夜ちゃんのこと好きなんだ」
 小夜ちゃんがまた泣きそうな顔をした。
「体質とかさ、ぜんぜん関係ないんだよ。変だって言われてもいいじゃないか。ぼくがいるだろ。ぼくは小夜ちゃんのこと変だなんて思っちゃいない。小夜ちゃんはぼくのこと変じゃないって言ってくれただろ? ぼくも同じだよ。小夜ちゃんのことが好きなんだ。ただそれだけだよ」
 ぼくは小夜ちゃんの手を無理やりつかんだ。バチッ、という音がして痛みが走り、何かがこげたにおいがする。
 でも、離しはしなかった。
「ぼくと……付き合ってくれませんか?」
 小夜ちゃんがかすかに嗚咽をもらした。そしてうなずいた。
 ふと横を見ると小夜ちゃんのおじいさんの姿が遠くに見えた。
 変なカップルの誕生だな、と思っているだろうか。どうだろう。




おわり










キーワード:「爪」「人形」「節穴」「星」「屈折」




どうもすらです。
これは危ういですね。なんでこんなことになったんだか。言いだしたのは私です。
ちなみにちょっと都合上執筆開始まで「2分間」間があいてまして
その間にほんのちょっとストーリー考えちゃったという反則技をつかってます。許してくれーッ
今まででは一番ちゃんと終わらせられた気がします。
前々回とか前回とかは軽く時間切れな雰囲気だったんですが
今回は30秒を残すという快挙です
いやーしかしこういう物語書いてるとこっ恥ずかしくなってきますねうーんミサイル
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