四人対戦・斜め将棋


 ──斜め将棋。
 それは、将棋盤を斜めにして無理矢理駒を配置し、さらに棋士を四人に増やし四人対戦を可能にした、将棋における新しい流派である……。
 と、いうわけで今年から『全世界斜め将棋連盟』が開催する、世界最強の斜め将棋士を決める大会が始まった。今回も多数の名手が揃う中、それぞれが鮮やかな頭脳戦を繰り広げることになるだろう。
 初めての試みであるが、一体どのような結果になるのだろうか? さて、そろそろ第一局の開始時間だ。私は解説としてじっくりと観戦させてもらうことにしよう。それではみなさん、また。


井之上「さあ、始まりました! ついに斜め将棋世界大会の第一局がまもなく開始されます! 実況は私、井之上竜次、そして解説は斜め将棋の発案者である碓氷須羅さんです!」

碓氷「どうも、よろしく」

井之上「さて、碓氷さん。私としてはまだ斜め将棋のルールを詳しく存じないのですが……、いま一度説明をお願いできますでしょうか?」

碓氷「ん? いやぁ、見ていれば解かるよ。百聞は一見にしかず、だからね。君は普通の将棋はやったことがあるのかい? 基本的には普通のルールに則ってるんだよ」

井之上「はい、もちろん! でも、斜め将棋は普通の将棋と、どのように違うんでしょうか?」

碓氷「そりゃ君、『斜め将棋』っていうんだから将棋盤が斜めなんだよ。それに二人じゃなくて四人対戦だ」

井之上「は、はあ……、それでは、駒はどのように配置されてるんでしょう? 駒も斜めなんですか?」

碓氷「いや、駒は真っ直ぐだよ。ほらこれを見てご覧。斜め将棋の駒の初期配置だ」
初期配置

井之上「あ、あの……、色々と大変なことになっている気がするのですが……」

碓氷「うん? 別にどうってことないよ」

井之上「四人対戦なのは解かりましたけど、二人が弱すぎません? しかも一つだけ成ってるし……」

碓氷「あれが王の代わりだからね」

井之上「あ、そうなんですか。……でもそれにしても金と歩がふたつっていうのはなぁ……」

碓氷「待った待った。話にはまだ続きがあるんだよ」

井之上「ああ良かった……」

碓氷「この将棋は四人対戦とは言ったけど、厳密にはチーム戦なんだ」

井之上「この場合私は矛盾を訂正した方がいいんでしょうか?」

碓氷「いやいや、もう一度初期配置を見てご覧。一通り駒が揃った人間と、と金に歩がふたつだけの人間がいるだろう?」

井之上「向かい合っている駒の配置は同じですね」

碓氷「ここで私は、この初期配置図で言う上下の強い配置を、『親』と呼ぶ」

井之上「『親』ですか……? すると左右のと金と歩だけのは『子』とか?」

碓氷「うーん、君は鋭いな。その通りだ。ほれ、メモしなくていいのかい」

井之上「いいえ、いいです」

碓氷「斜め将棋では、『親』と『子』でチームを作るんだ」

井之上「じゃあ普通に四人対戦じゃなくて、四人がかりのチーム戦じゃないですか」

碓氷「甘いな。斜め将棋はそこまで優しくないぞ」
区分け

碓氷「まあ、このようなふたつチームに分かれるんだ」

井之上「適当に描きましたね」

碓氷「親成り、子成りはそれぞれ相手の境界線を越えたら成れるってこと。もちろん成るか成らないかは自由だけどね」

井之上「子が親の境界を越えても成ることはできないんですか?」

碓氷「そうそう。あくまでも子は子の境界線、親は親の境界を越えなくちゃいけない」

井之上「そういえば、先ほど言っていた、チーム戦ではない、というのはどういうことで……?」

碓氷「おお、そうだったそうだった。この将棋では味方チームの駒も取れるんだよ」

井之上「はっ?」

碓氷「チームとは名がついてるけど、実際は全員敵同士だということもある」

井之上「それじゃあ何でチームなんかにしちゃったんですか」

碓氷「君はまだこのシステムの素晴らしさが理解できないのか?」

井之上「無理ですよ。私は常人です」

碓氷「あ、まだひとつ説明するのを忘れてた」

井之上「もしかして酔っ払ってます?」

碓氷「もう一度初期配置を見てくれ。めんどくさいから自分でスクロールして戻ってね」

井之上「一体何を言ってるんでしょうか」

碓氷「先ほども言ったように、『親』と『子』でチームを組んで戦うよね」

井之上「『親』だけが強いですね」

碓氷「そう! そこによく気がついた! 実はこの将棋では『子』が滅法弱いんだよ」

井之上「いくら四人で遊びたいからって、残り二人をなおざりにし過ぎてません?」

碓氷「だからそのための救済策があるのさ!」

井之上「救済が必要なシステムにすること自体が問題かと思われます」

碓氷「『子』は、『親』の持ち駒を全部もらえるんだ」

井之上「どういうことです?」

碓氷「『親』が取った駒は、全部『子』の持ち駒に支給されるんだよ」

井之上「それじゃあ『親』が敵の駒を取っていけば『子』も色々な駒が使えると?」

碓氷「そうそう。『子』は『親』に育てられてだんだん強くなっていくんだ。リアルだろう」

井之上「趣向を凝らすところを間違ってます。ところで、『親』は持ち駒を使えないんですか?」

碓氷「その通り。取った駒は全部『子』のものだ。『親』はだんだん老いて弱くなるんだよ。リアルだろう」

井之上「ちょっと何をしたいのかが良く……」

碓氷「ここで話を戻そう。斜め将棋では味方の駒も取ることができるんだ。『親』『子』。チーム同士でね」

井之上「そこにどういう利点があるんでしょう?」

碓氷「考えてご覧よ。香車や桂馬、歩は一方通行の動きしかできないだろ?」

井之上「そうですね。成ればどれも金の動きになりますけど」

碓氷「成らないまま、将棋盤の隅っこに行ってしまった場合はもう身動きが取れなくなる」

井之上「まあ、確かに。成れば済む話のような気もしますが」

碓氷「そこで、このシステムが生きてくる。もう動けなくなった駒を、味方に取らせるんだよ」

井之上「……と、いうことは?」

碓氷「チームが二人で、味方内での攻撃が許されているってことは、駒の再利用が可能なんだ」

井之上「……なるほど? 解かったような解からないような」

碓氷「『親』の香車はもう隅っこに行っちゃって動けない! となったとしよう」

井之上「あの、初期配置を見るといきなり香車交換が出来ちゃうんですが」

碓氷「んなことはどうでもいい。システムの穴だ。話を戻そう。『親』の香車はもう動けないから、代わりにそのチームの『子』が動けない香車を取ってしまうんだよ」

井之上「すると、『子』は持ち駒としてその香車を使えるって話ですか?」

碓氷「うーん、物分りがいいね。まあ『親』の得にはならないんだけどさ」

井之上「この戦法は『親』と『子』が逆の場合でも使えますよね」

碓氷「おっと、もうルールに慣れてきたようだね。その通りだ。『子』の桂馬がもう動けない! となる。すると『親』がその桂馬を取ってやるんだ。そうすれば『子』は桂馬をまた使える」

井之上「確かに……、ここら辺は良く組まれたチーム戦ですね」

碓氷「さて、ここで全ての駒の動きを解説しておこう」

井之上「大変な遅ればせですね」

歩兵

井之上「ああ、動きが斜めの将棋盤に対応してるんですね」

碓氷「これが歩。と金は金将を参考にしてね」

井之上「それにしても色んなところに手抜きが見受けられますけど」

碓氷「そうそう。斜め将棋では二歩がOKなんだよ」

井之上「何でもありじゃないですか」

碓氷「これがなかなか面白くてね……」

井之上「二歩を許して大丈夫なんですか?」

碓氷「次は銀将」

銀将

碓氷「銀の動きだ。斜め将棋では縦横よりも斜め方向に動ける駒の方が強い」

井之上「そうなんですか?」

碓氷「たぶんね」

金将

碓氷「金将は、色んな駒が成った時の動きでもあるからちゃんと覚えてね」

井之上「なんで口調がさっきからあやふやなんでしょうか?」

碓氷「この駒は王の周りに置いとくといいね。この図みたいに角にいれば完全に周りは自分の攻撃範囲だからね」

井之上「うーん、まあそうなんでしょうか」

香車

碓氷「これがこの将棋で、一番重要となる要素だ!」

井之上「香車がですか?」

碓氷「ああ。『親』の使い道は意外と少ないかもしれないけど、『子』に渡るととたんに強力になる。やってみると分かるよ。普通の将棋よりもずっと活躍できるんだ」

井之上「いいです。私は実況ですんで」

桂馬

井之上「なんか解かりにくくないですか」

碓氷「慣れればなんてことないよ。桂馬は普通の将棋でも斜め将棋でも、よく『詰め』に使われたりするよね」

井之上「もちろん駒は飛び越せるんですよね?」

碓氷「当たり前だろう」

井之上「なんかこの将棋だと何が起っても不思議じゃないですから」

飛車

井之上「うわぁひどい絵だなぁ」

碓氷「実は、この将棋では飛車はあまり活躍できないんだ」

井之上「そうなんですか?」

碓氷「初期配置の状態ではどう頑張っても王手がとれないんだよ」

井之上「また……、初期配置を改良するべきだと思うんですが」

碓氷「飛車は早めに龍王にした方がいいよ。斜めの動きが加わればずいぶん強くなる」

角行

碓氷「これだ! 角行は強いぞ!」

井之上「さすが斜め将棋ですね。飛車と角行の動きが逆だ」

碓氷「この将棋では角がかなり強い。竜馬にならなくてもぞんぶんに使える駒だよ。そのぶん相手に取られると危険だね」

王将

碓氷「王貞治のサインボールみたいだろう」

井之上「んなの知りませんよ」

碓氷「王将はここでもやっぱり全方向に一マスずつ動ける。これは普通の将棋と変わらず、王は戦う駒じゃないからね。斜め将棋では角行や香車の遠距離からの攻撃が脅威だから、注意しないといけない」

龍王

碓氷「これは龍王の動き。飛車ではできなかった斜め移動が入って、使い勝手が格段に上がるよ」

井之上「竜馬の動きをそのまま斜めにしただけなんですね」

碓氷「斜め将棋だからね」

竜馬

井之上「これは龍王の斜めバージョンですね? なんか混乱してきたんですけど」

碓氷「私が思うに、この駒が最強かな……? もともと角は強いからね。縦横方向の動きが加わってよりトリッキーな動きができる」

井之上「トリッキーって何です?」

碓氷「トリックっぽいんじゃないの?」

井之上「トリックって何です?」

碓氷「仲間由紀恵と阿部寛の」

井之上「やめろ」

碓氷「あ、そうそう。一応言うけど、歩兵が成ったと金と、『子』の王将代わりのと金を混同しないようにね」

井之上「もうすこし良い方法を考えないんですか?」

碓氷「もちろん王代わりのと金とはいえ、ちゃんと王将の動きだからね。間違えないように」

井之上「それってとんでもない誤解を引き起こしかねませんよ」

碓氷「どうしても間違えちゃいそう、って人は代理駒として消しゴムでも置いておくといいかもね」

井之上「そういえば……、チーム内で『親』とか『子』のどちらか片方の王が取られた場合は、どうなってしまうんですか?」

碓氷「ああ、それはね……、『親』が先に倒れた場合は、『親』の棋士はもう操作不能。でも駒は盤上に置かれたままだから『子』がそれを取って頑張ってね」

井之上「つまり、『親』が倒れても駒は回収されないんですか?」

碓氷「そうそう。置きっ放しだからちょっと邪魔だけどね。ちなみに『子』が先にやられた場合は、普通の将棋みたいに『親』が持ち駒を使用可能になるから。『子』の持ち駒を引き継いで戦えるよ」

井之上「それで結局『親』と『子』両方が負けたチームが敗退ですか?」

碓氷「そうだね。味方が倒れると、どうしても弱体化するから相方がやられた時点で勝つのは難しいけどさ」

井之上「ところで、出場する棋士はちゃんとルールを把握してるんでしょうね?」

碓氷「たぶん大丈夫だよ。ルールブックとか配ったし」

井之上「あの……、なんかとてつもなく適当に大会が進められてるような」

碓氷「大丈夫大丈夫! さて、そろそろ一局目が始まるぞ! 気合入れていこう!」

井之上「……もう帰りたい」

碓氷「一局目の棋士は、Aチーム、『親』は、えーと誰?」

井之上「いいですから! こっちで進めるから黙ってて下さい!」


 ──さて、こうして斜め将棋世界大会が始まった。
 素敵な斜め将棋、みなさんも一度ご友人とやってみてはいかがでしょう? 混乱すること請け合いです。慣れてくればそれなりに面白いですよ。それなりにね。
inserted by FC2 system