12人の彼女
「こんにちは」
しかし誰も答えない。
「こんにちは」
僕は何度も繰り返すが、返事はない。
仕方なしに僕は電話の受話器を戻す。
「はあ……」
僕は安いアパートの一室でたった一人だった。
昨日までは、二人だったのに。
彼女が出て行ってしまったから。
何故彼女はいなくなってしまったのか。
彼女は今朝起きるといなくなっていた。
置き手紙も無しに消えていた。
まるで、今までこの部屋には僕しかいなかったのではと思えるように、彼女の存在を証明するものは全て消えていた。
一つ、読書好きだった彼女がいつも持ち歩いていた国語辞書を除いて。
喧嘩をした覚えもない。
僕には何も出来ない。
そう思って、僕は気晴らしに近所を散歩する事にした。
眩しい。
太陽の白い日差しが、僕の目を焼く。
どうして?
そう思ったのは、今が真夜中だからだ。
手をかざしてみてみると、光の正体がマグネシウムのフラッシュだとすぐわかった。
「な、なにし………」
ているんだ?と聴きそうになって慌てて口をふさいだ。
あまり、かかわらないほうが良いだろう。そう思ったからだ。
しかし、関わらないといけない運命にあるようだ。
「無視ですか?」
そう呼びかけられてしまったからだ。
「無視ですか?」
女の声だった。
僕は周りを見回して、ストロボを持った女以外に僕しかこの場にいない事を確認して。
「僕?」
「そうそう。キミ」
「なんか様ですか?」
「キミはこれから何か用があるんですか?」
一休さん並に変な質問をしてくる彼女に僕は戸惑った。
「い、いや、ないけど」
「ならこっちに来なさい」
僕は、仕方なしに女の方へと歩み寄る。
「キミ。あたしのカレシになりなさい」
そういうのと同時に、女は僕の身体によじ登るように抱きついてきた。
そこで、僕は、既視感に襲われる。
何かを思い出しそうな僕を、妨げるように女は首にぎゅっと抱きついて、締め上げた。
「うぐっ、はなせっ!」
僕が、身体から女を引きはがすと、女はそのまま地面に手をついて、上目遣いに見てきた。
「今夜だけでも、ダメ?」
流石に寒くなって僕は家に帰っていた。
いつものように、テレビの前にどっかりと座り込む。
その隣には、女がいた。
明るい部屋に入って初めて気付いたのだが、その女は、クノイチの様な柿色の服を纏っていて、顔も半分かくしていた。
今日は、独りで寝るのか。と、思っていたら狙ったように女が現れた。
「日付も変わったし、もう寝ようか?」
何の気無しに言った。
しかし。
「そんな、初対面でいきなりなんて・・・」
と彼女は頬を染めた。
「何考えてるんだ? お前の寝床はそっちだ」
僕はボロくなって所々穴の開いた皮のソファを指さした。
彼女は少し寂しそうに、そうですよね。と呟くとソファにむかった。
僕は多少警戒しながらも、盗られるものもないなと、虚しい事に納得しベッドに潜った。
それから、一月くらい経っただろうか。
あの日から、彼女はずっと僕の部屋に暮らし続けた。
昨日までは――。
電話は持っていないと言っていた。
もう、向こうから来ない限り合う事はできないだろう。
僕はリモコンでテレビをつけようとする。
しかし、いくら押しても、テレビが付く事はなかった。
電池が切れたか?
そう思った僕は、電池ボックスのふたを開ける。
なかった。
二本入っていたはずの電池がなくなっていた。
「……窃盗……になるのかな……?」
しかし、無くなっていたものはソレだけだった。
「ま、いっか」
そうして、また僕は外に出る。
僕が、扉を開けた瞬間、太陽の日差しが雲の裂け目からあふれ出した。
今度こそ本物の太陽だ。
そして、また女に出会ってしまった。
「あ、」
一年ぶりに会った。
「おはよ」
「あ、うん」
一年前、突然出て行ってしまった妻だった。
「ねえ?」
「ん?なに?」
「この、浮気性!」
ぺし、っと僕は頬を叩かれた。
全然痛くなかった。
「え?」
わけがワカラナイ僕に彼女は順に何かを呟いた。
「あ。」
それは、一年前から一月の間隔で一緒に暮らしてきた女の名前。
「なんでそれを・・・?」
「ふふっあのね・・・」
何故か、彼女は笑っていた。
「それ、全部あたしっ」
fin.
キーワード:「太陽」「リモコン」「元妻」「国語辞典」「忍者」
狐火光陰さんの作品です。
ハッピーなエンドで私は感動したぞ!